ここまで「〔98/10〕鹿行路と鹿島アントラーズ観戦記」全シーケンスのうち、後半の「鹿島アントラーズ観戦記」を先行して紹介しましたが、ここから後は、カシマサッカースタジアムへの道程を「鹿行路」としてご紹介します。かすみがうら市(旧霞ヶ浦町)→行方市(旧玉造町)→行方市(旧北浦町)→鉾田市(旧大洋村)→鹿嶋市と続きます。舟運の時代から陸上交通の時代に変わった近現代の鹿島は、霞ヶ浦*周辺地域の中でも、一番外れにあるアクセスのしにくい遠い場所でした。しかし霞ヶ浦*と利根川を跨ぐいくつもの橋(霞ヶ浦大橋、稲敷大橋、北利根橋、潮来大橋、鹿行大橋、北浦大橋、神宮橋、鰐川橋、息栖大橋、小見川大橋、常陸川大橋、利根川大橋、銚子大橋など)の開通、R354など東西方向を横断する幹線道路の整備によって、再び一つながりの地域的広がりの中に納まってきたのではないかと思います。かすみがうら市(旧霞ヶ浦町)から霞ヶ浦大橋を渡って行方市(旧玉造町)に入ると、カシマサッカースタジアムの道案内板が出てきたりして、カシマが近いことを印象づけてくれたりします。また、鹿島アントラーズのホームタウンが鹿島3町(旧鹿島町(現在は鹿嶋市)、神栖市、神栖市(旧波崎町))だけでなく、北浦、鰐川を跨いで鹿島と接する潮来町(現在は潮来市)がホームタウンに加わったことにより、カシマサッカー文化圏が霞ヶ浦*地域と一層重なってきたことは、こうした地域理解をしやすくしてくれたようにも思います。 霞ヶ浦*周辺地域における鹿島の距離感覚、地域的連続性は、「〔97/11〕鹿行路(北浦〜鹿島)」、「〔98/11〕空から見た稲敷〜鹿島」でも捉えてみましたので、併せてご覧いただければ幸いです。
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