多くの人々が暮らし、人と共生してきた湖としては、霞ヶ浦*はおそらく琵琶湖に次いで国内第二の位置にあるのではないかと思います。干拓が行われるまで日本第二の湖であった秋田県の八郎潟は、琵琶湖、霞ヶ浦*に比べると過疎な状況にあります。では、琵琶湖と霞ヶ浦*の違い。これは何でしょうか。それは歴史的な古さ、そこに形成されてきた文化の洗練の差だと言えるかもしれません。古代日本の中心地であり、条里制による都市計画が施された地域です。京都(平安京)が都になった後も、京都に近かった琵琶湖は古くから京文化が伝承された地域でもあり、地域社会の成立の古さとその文化的洗練において、霞ヶ浦とは大きく隔たった印象を受けます。近世に入り、江戸との物資輸送の要衝の地となっても、江戸は遠く、江戸文化の影響は、琵琶湖の京文化の影響に比べれば小さかったのではないかと思われます。地域的な文化が形成されていくのはどちらかと言えば近世以降であり、この点、琵琶湖の歴史の古さとは比べられません。洗練が少ない。これは私が現在の霞ヶ浦周辺をめぐって受ける印象の一つです。
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