県指定文化財の矢口家住宅は、土浦城下の町屋の姿を今日に伝える数少ない建物です。天保年間(1830〜1843年)に建てられたものと推定されています。かつての中城町にはこのような町屋が数多く建ち並んでいたのでしょう。黒々とした土蔵造りの建物の外観が印象的です。江戸時代の後期になると、商業と水陸交通は盛んになり、中城町は土浦の中心地として賑わいました。この矢口酒店は、霞ヶ浦の舟運によって酒樽をやりとりしていたようです。「中城とか本町あたりになると、呉服とか小間物・文房具・菓子屋・魚屋・酒屋などの商店が軒をつらね、農閑渡世から次第に専業化して来た。したがって、銭亀橋から北門までの水戸街道筋は、これらの商家にまじって本陣・問屋場・旅篭屋・商人宿などもあり、人馬の往来で賑わった。また、川口河岸、大町河岸、田町河岸あたりは江戸・銚子方面との出船入船で趣きの変った賑わいをみせたことであろう。」(永山正著『土浦の歴史』、東洋書院、1982年、p.204)
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