説明がないと、この石が何物か見当もつきませんね。この石は、調査の結果、常陸国分寺の七重塔の礎石であることが明らかにされました。常陸国分寺跡は何度も調査が行われ、1972年(昭和47年)の調査によって、国分寺の伽藍がほぼ明らかにされたと言います。「これらの主要伽藍の一夜おおよその規模は明らかにされたが、現国分寺に残る巨大礎石の七重塔の位置については、依然不明である。」(川井正一「常陸国府の誕生」、『常府石岡の歴史』、石岡市教育委員会、1997年、pp.50-53) 水戸の茨城県立歴史館には、常陸国分寺跡の調査に基づいた模型が展示されています。国分寺については『常設展示解説 茨城の歴史をさぐる』(茨城県立歴史館、1992年)でも解説されています。常陸国分寺、そして七重塔はできれば、このような模型でなく、実物と同じに復元して欲しいと思うのは、私だけではないでしょう。
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