タイトル: タイトル一覧・霞ヶ浦の自然 動植物・地域歴史・筑波山・自然ほか: 霞ヶ浦流域の歴史と史跡 市町村: つくば市 (登録日: 2007/03/28 更新日: 2011/12/10)
六所神社跡・かって筑波山神社と春秋の遷座 六所神社つくば市臼井古くは筑波之神の御遷座の社であった。筑波山では春秋に御座替えが行われ春にはこの六所神社に遷座された。筑波の神は太古、筑波男神、と女神の二座とも伝えられている。また、伊弉冉尊、伊弉諾尊とも伝えられている。六所神社は明治の末、やはり神郡の蚕影神社に合祀された。この時代は筑波山に於いても山に祀られている多くの神祠が合祀されたようだ。参考の絵図は貞享4年(1687)、筑波山恋明書による。このページの前にはやはり筑波山の絵図が描かれている。六所神社のきれいな絵図は2006/3月から夏期にかけて国土地理院地図と測量の科学館で『地図で知るふるさとつくば−いまに残る郷土の文化遺産古絵図の世界』の中の一枚に「六所神社境内図」が展示された。随神門、宝物庫、拝殿、本殿などが色彩入りで描かれているが年代は明らかでない。幸いこれらの資料は財団法人、日本地図センターによって2006年にA5判68page\800で刊行された。筑波山をはじめ、つくば市内の古地図が多く掲載されている。中にはつくば市大曽根〜栗原間の桜川河川の遊水池を水田耕作地にし、振り分けた図などもあって興味深い。「小田古城跡地理図」、宝暦11年には宝鏡山まで描かれている。「筑波山下畫図」5年(1755)国立公文書舘蔵。「筑波山上畫図」には中腹からのミナノ川(男女川)が描かれている。 常陸風土記によるとその以前、美万貴天皇(崇神天皇)の時代筑波の郡は紀の国とよばれた。平沢官衙跡のあるつくば市平沢からは直線距離でさほど遠くない。常陸国府が府中に置かれる前、紀の国の位置がどうあったのだろう。 凡所撰の社四座、並に山上にあリ、一つは安座常社と云う、寶珠嶽にありて素戔嗚尊を祭る。一つは小原木社云い吉野嶺にありて蛭子命ヲ祀る。一つは和多利社と云い國割嶺にありて月読命を祭る、一つは稻村社、鷲嶽にありて天照大神を祭ると云い伝う、之を合せて筑波六所神と云う・凡毎年十一月朔神衣ヲ奉る祭あり、俗に御座替えと云是ナリ〔筑波乱仙記〕、【新編常陸国誌】